健康コラム
2015年2月 2日 月曜日
花粉症のおはなし
花粉症に対する舌下免疫療法のおはなし
今年もスギ花粉の季節がやってきました。予測では阪神地区の花粉飛散量は、関東とは違って、昨年より若干少なめで、飛散開始は2月中旬と予測されています。少なめといっても症状発現には充分の飛散量ですので、花粉症の方は、従前通りの対策が必要です。一番大切な事は、花粉の被爆を避けること。花粉情報などに注意して、多い時は外出を控えるとか、帽子・マスク・眼鏡の着用などで花粉に身をさらさないことや、また、花粉が付着しにくい服装をしたり、布団や洗濯物をなるべく外に干さないようにして、家に花粉を入れない様に工夫する事が大切です。症状が出て日常生活に支障が出るようなら、治療が必要ですが、治療法は、主として症状を緩和する対症療法(薬物療法や手術療法)が行われます。一方、根治をめざして行うアレルゲン免疫療法もあります。対症療法は薬物療法が主体で、従来通りですので、ここでは昨年の秋から保険適用になり、新聞・TVなどのマスコミで盛んに取り上げられた「舌下免疫療法」について解説していきます。
免疫療法としては、従来、スギ花粉エキスを皮下に注射して行う減感作療法が行われてきました。この治療は、アレルゲン(抗原)であるスギ花粉エキスを低濃度から注射しはじめ、それを徐々に増量していきます。治療を継続することで、アレルギー症状を緩和し、アレルギー治療薬の服用量を減らすことができ、唯一花粉症を根本から治癒できる可能性のある治療法です。しかし、注射による疼痛や長期間にわたる頻回の通院など、患者さんへの負担が大きく、アナフィラキシーショックなど重篤な副作用の危険性もあることから、一部の施設のみでしか行われていないのが現状です。
これに対し、舌下免疫療法では、スギ花粉エキスを舌下に投与し、頸部や舌下のリンパ節などの限られた部位で免疫反応を起こさせるため、皮下注射免疫療法に比べ、体内に吸収されるアレルゲン量が少なく、全身性のアナフィラキシーショックを起こしにくいとされています。また、患者さんに合わせてアレルゲンの投与量や投与スケジュールを調整する必要がなく、一律に処方できるため、医師側には手間がかからない点もメリットです。
皮下注射による減感作療法は、主としてアメリカで行われてきました。一方、舌下免疫療法はヨーロッパを中心に開発が進んで、イネ科やシラカバなどの治療法として行われてきました。しかしまだ25年程度の実績しかなく、比較的新しい治療法と言えます。本邦では2005年からスギ花粉症に対する臨床治験が多施設で行われるようになり、その有効性が認められて、昨年秋より保険適用になり、臨床応用が始まりました。ただし、厚生労働省は、この薬剤の承認条件として、十分な知識や経験を持つ医師にのみ処方が可能であるとしたため、日本耳鼻咽喉科学会や日本鼻科学会では講習会を設け知識の普及を図っており、製薬会社ではe-learningを提供し、講習を受けた試験合格者のみが処方医として登録されるシステムになっています。筆者がこれらの講習会や臨床試験担当者の講演会などから得た情報による、投与法、治療効果、治療適応患者、副作用などについて、記します。
1)投与法:スギ花粉舌下液(1mL)を1日1回、舌下に滴下し、2分間保持した後、飲み込む。その後5分間は、うがい・飲食を控える。
2)投与期間:効果を得るには最低でも2年間継続する必要があり、その効果を持続させるには3~5年の投与継続を要する。
3)治療成績:まだ、十分な症例の集積がないので、断定的な事は言えないが、2年間継続服用できた患者では、著明改善(服薬などを必要としない)例が約3割、改善例(症状は軽減したが、服薬や点鼻を必要とする)が5割、不変または悪化例が約2割(報告施設毎に多少異なる)とされている。なぜ有効性に差があるのかについては、目下、血清学的・遺伝子学的な検討が数学的解析などを基に研究されています。
4)副作用:アナフィラキシーショック(血圧低下や呼吸困難)などの生命に係わる重篤な副作用の報告はないが、局所反応は、口腔、舌、口唇の腫脹やかゆみ、のどのかゆみ、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、胸焼け、口蓋垂の浮腫などがあり、口腔内に限れば5~10%に見られると報告されている。
5)適応患者:1.花粉が原因であることが明確なアレルギー性鼻炎患者であり、症状に合致したアレルゲン検査陽性患者。2.薬物療法で十分コントロールできない患者、例えば、薬剤無効例、副作用が強い、服薬などがきちんとできない、薬物療法を希望しない患者など。3.皮下注射免疫療法で全身性副反応を生じた患者(全身性じんましんや喘息発作など)。4.臨床的治癒・寛解を希望する患者。など。
6)適応にならない患者:1.β阻害薬(降圧剤の一種)を使用している患者(副作用の際にアドレナリンを使うが、これが使えないため)。2.開始時に妊娠している患者3.重症喘息を合併している患者。4.全身性の重篤疾患(悪性腫瘍、自己免疫疾患、免疫不全、重症心疾患、慢性感染性疾患など)に罹患している患者。4.全身性ステロイド薬、抗がん剤を使用している患者。5.急性感染症に罹患している患者など。
7)副作用を避けるため是非守って欲しいこととして
1.初回投与は、自宅でするのではなく医師の管理下に病院や診療所で舌下投与するのが望ましい。2.舌下投与後少なくとも2時間は激しい運動や入浴は避ける(特に花粉飛散ピーク時には注意する)。3.投与直後の食事、飲酒は避ける。などが挙げられています。
これに加えて、花粉症のシーズン以外で症状のない時期でも、毎日舌下に2分間含まねばならないこと、3年間毎日きちんと服用しても約2割の人は、効果がないか悪化することがあること、などから、患者さんに納得してもらわねばならないこととして下記の用な適応条件が付け加えられています。
8)相対的適応
1.長期間の治療を受ける意思がある(花粉症では非飛散期も含めて)。2.舌下アレルゲンエキスの服用を毎日継続できる。3.少なくとも一ヶ月に一度は受診可能である。 4.すべての患者に効果が期待できるわけではないことを理解できる。5.効果があって終了した場合も、その後効果が減弱する可能性があることを理解できる。6.副作用とその対処法が理解できる。とされています。
以上の様な項目を満たす患者さんには、皮下免疫療法は推奨できるが、そうでないと途中脱落の可能性が極めて高くなる事が、ヨーロッパなどでも報告されています。こう書いてくると、治療のハードルがかなり高いなと思われる方が多いと思われますが、そもそもアレルゲン免疫療法とは、「花粉症の患者さんに花粉を投与して治す」という、いわば毒をもって毒を制するという治療法である以上、その毒の面(副作用)をいかに軽減し、安全に行うかが最大の課題であるからです。また、治療期間も長期にわたり、患者さん個々人でもその有効性に差がでる事などから、この治療法の限界もわきまえておかねばなりません。最後に、治験にあたった日本医科大学の大久保公裕氏の「舌下免疫療法は、患者と医師が協力し、根気よく続けなければ効果が得られない治療だ」(日経メディカルオンラインより)という言葉を紹介して、本稿を終えることといたします。
追記:実際に治療を開始する場合は花粉症シーズン終了後の5~6月以降からです。
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田坂耳鼻咽喉科 院長 田坂康之
今年もスギ花粉の季節がやってきました。予測では阪神地区の花粉飛散量は、関東とは違って、昨年より若干少なめで、飛散開始は2月中旬と予測されています。少なめといっても症状発現には充分の飛散量ですので、花粉症の方は、従前通りの対策が必要です。一番大切な事は、花粉の被爆を避けること。花粉情報などに注意して、多い時は外出を控えるとか、帽子・マスク・眼鏡の着用などで花粉に身をさらさないことや、また、花粉が付着しにくい服装をしたり、布団や洗濯物をなるべく外に干さないようにして、家に花粉を入れない様に工夫する事が大切です。症状が出て日常生活に支障が出るようなら、治療が必要ですが、治療法は、主として症状を緩和する対症療法(薬物療法や手術療法)が行われます。一方、根治をめざして行うアレルゲン免疫療法もあります。対症療法は薬物療法が主体で、従来通りですので、ここでは昨年の秋から保険適用になり、新聞・TVなどのマスコミで盛んに取り上げられた「舌下免疫療法」について解説していきます。
免疫療法としては、従来、スギ花粉エキスを皮下に注射して行う減感作療法が行われてきました。この治療は、アレルゲン(抗原)であるスギ花粉エキスを低濃度から注射しはじめ、それを徐々に増量していきます。治療を継続することで、アレルギー症状を緩和し、アレルギー治療薬の服用量を減らすことができ、唯一花粉症を根本から治癒できる可能性のある治療法です。しかし、注射による疼痛や長期間にわたる頻回の通院など、患者さんへの負担が大きく、アナフィラキシーショックなど重篤な副作用の危険性もあることから、一部の施設のみでしか行われていないのが現状です。
これに対し、舌下免疫療法では、スギ花粉エキスを舌下に投与し、頸部や舌下のリンパ節などの限られた部位で免疫反応を起こさせるため、皮下注射免疫療法に比べ、体内に吸収されるアレルゲン量が少なく、全身性のアナフィラキシーショックを起こしにくいとされています。また、患者さんに合わせてアレルゲンの投与量や投与スケジュールを調整する必要がなく、一律に処方できるため、医師側には手間がかからない点もメリットです。
皮下注射による減感作療法は、主としてアメリカで行われてきました。一方、舌下免疫療法はヨーロッパを中心に開発が進んで、イネ科やシラカバなどの治療法として行われてきました。しかしまだ25年程度の実績しかなく、比較的新しい治療法と言えます。本邦では2005年からスギ花粉症に対する臨床治験が多施設で行われるようになり、その有効性が認められて、昨年秋より保険適用になり、臨床応用が始まりました。ただし、厚生労働省は、この薬剤の承認条件として、十分な知識や経験を持つ医師にのみ処方が可能であるとしたため、日本耳鼻咽喉科学会や日本鼻科学会では講習会を設け知識の普及を図っており、製薬会社ではe-learningを提供し、講習を受けた試験合格者のみが処方医として登録されるシステムになっています。筆者がこれらの講習会や臨床試験担当者の講演会などから得た情報による、投与法、治療効果、治療適応患者、副作用などについて、記します。
1)投与法:スギ花粉舌下液(1mL)を1日1回、舌下に滴下し、2分間保持した後、飲み込む。その後5分間は、うがい・飲食を控える。
2)投与期間:効果を得るには最低でも2年間継続する必要があり、その効果を持続させるには3~5年の投与継続を要する。
3)治療成績:まだ、十分な症例の集積がないので、断定的な事は言えないが、2年間継続服用できた患者では、著明改善(服薬などを必要としない)例が約3割、改善例(症状は軽減したが、服薬や点鼻を必要とする)が5割、不変または悪化例が約2割(報告施設毎に多少異なる)とされている。なぜ有効性に差があるのかについては、目下、血清学的・遺伝子学的な検討が数学的解析などを基に研究されています。
4)副作用:アナフィラキシーショック(血圧低下や呼吸困難)などの生命に係わる重篤な副作用の報告はないが、局所反応は、口腔、舌、口唇の腫脹やかゆみ、のどのかゆみ、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、胸焼け、口蓋垂の浮腫などがあり、口腔内に限れば5~10%に見られると報告されている。
5)適応患者:1.花粉が原因であることが明確なアレルギー性鼻炎患者であり、症状に合致したアレルゲン検査陽性患者。2.薬物療法で十分コントロールできない患者、例えば、薬剤無効例、副作用が強い、服薬などがきちんとできない、薬物療法を希望しない患者など。3.皮下注射免疫療法で全身性副反応を生じた患者(全身性じんましんや喘息発作など)。4.臨床的治癒・寛解を希望する患者。など。
6)適応にならない患者:1.β阻害薬(降圧剤の一種)を使用している患者(副作用の際にアドレナリンを使うが、これが使えないため)。2.開始時に妊娠している患者3.重症喘息を合併している患者。4.全身性の重篤疾患(悪性腫瘍、自己免疫疾患、免疫不全、重症心疾患、慢性感染性疾患など)に罹患している患者。4.全身性ステロイド薬、抗がん剤を使用している患者。5.急性感染症に罹患している患者など。
7)副作用を避けるため是非守って欲しいこととして
1.初回投与は、自宅でするのではなく医師の管理下に病院や診療所で舌下投与するのが望ましい。2.舌下投与後少なくとも2時間は激しい運動や入浴は避ける(特に花粉飛散ピーク時には注意する)。3.投与直後の食事、飲酒は避ける。などが挙げられています。
これに加えて、花粉症のシーズン以外で症状のない時期でも、毎日舌下に2分間含まねばならないこと、3年間毎日きちんと服用しても約2割の人は、効果がないか悪化することがあること、などから、患者さんに納得してもらわねばならないこととして下記の用な適応条件が付け加えられています。
8)相対的適応
1.長期間の治療を受ける意思がある(花粉症では非飛散期も含めて)。2.舌下アレルゲンエキスの服用を毎日継続できる。3.少なくとも一ヶ月に一度は受診可能である。 4.すべての患者に効果が期待できるわけではないことを理解できる。5.効果があって終了した場合も、その後効果が減弱する可能性があることを理解できる。6.副作用とその対処法が理解できる。とされています。
以上の様な項目を満たす患者さんには、皮下免疫療法は推奨できるが、そうでないと途中脱落の可能性が極めて高くなる事が、ヨーロッパなどでも報告されています。こう書いてくると、治療のハードルがかなり高いなと思われる方が多いと思われますが、そもそもアレルゲン免疫療法とは、「花粉症の患者さんに花粉を投与して治す」という、いわば毒をもって毒を制するという治療法である以上、その毒の面(副作用)をいかに軽減し、安全に行うかが最大の課題であるからです。また、治療期間も長期にわたり、患者さん個々人でもその有効性に差がでる事などから、この治療法の限界もわきまえておかねばなりません。最後に、治験にあたった日本医科大学の大久保公裕氏の「舌下免疫療法は、患者と医師が協力し、根気よく続けなければ効果が得られない治療だ」(日経メディカルオンラインより)という言葉を紹介して、本稿を終えることといたします。
追記:実際に治療を開始する場合は花粉症シーズン終了後の5~6月以降からです。
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田坂耳鼻咽喉科 院長 田坂康之