健康コラム
2016年9月27日 火曜日
ニコチン依存症のおはなし
タバコの持つ種々の弊害
タバコをやめたいと思っているのになかなか止められないのはなぜでしょう? 多くの喫煙者の方が、タバコが健康に良くないことをご存知です。タバコは血管収縮反応を高め、動脈硬化を促進し、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めます。また多くの発ガン物質を含むタバコの煙は肺がん、咽頭がんをはじめ、全身ほぼすべてのがんの発症率を高めます。また吐き出された煙や副流煙にも有害物質は含まれるため、家族や周囲にいる方が受動喫煙により健康被害を受けます。 (2016年8月31日、国立がん研究センターは、受動喫煙による日本人の肺がんリスクは約1.3倍であり、リスク評価を「ほぼ確実」から「確実」に、アップグレードしました。これに伴い、「日本人のためのがん予防法」においても、他人のたばこの煙を「できるだけ避ける」から"できるだけ"を削除し「避ける」へ文言の修正を行い、受動喫煙の防止を努力目標から明確な目標として提示しました。) このように自身にも周囲にも、良いことの全くないことから、多くの喫煙者ができればタバコを止めたいと思っています。でも一度禁煙してみても失敗した経験をお持ちの方も多いことでしょう。ある報告によれば、喫煙者の70%がタバコをやめたいと思っているのに、禁煙出来ない。あるいは禁煙しても、70%前後の方が1年以内にまた吸ってしまうとのことです。では、何故やめられないのでしょう? 単に「意志が弱いから」だけなのでしょうか?
ニコチンの持つ二つの依存性
実は、タバコに含まれるニコチンに、麻薬やアルコールと同様の依存性があるからなのです。タバコを吸うと数秒でニコチン血中濃度が上がりますが、このニコチンが脳内のニコチン受容体を刺激して快感を生じるドパミンという物質を放出します。喫煙が習慣化すると常にこの快感を求め、一定以上のニコチン血中濃度が必要となり、ニコチン血中濃度が低下するとイライラして、ニコチンの血中濃度を上げるため次のタバコを吸うといった悪循環に陥ります(肉体的な依存)。 血中濃度が下がった時に感じるイライラ感、不安感、だるさ、ふるえ、苦痛などのつらい症状を離脱症状といいます。 また、食後の一服、入浴後の一服など喫煙行動が「儀式」のように組み込まれて習慣化されてしまうことで生じる心理的な依存もあります。いずれにせよニコチンによって脳が「乗っ取られた」状態であります。
ニコチン依存症という疾患
これまで禁煙は個人の努力の問題とされてきました。しかし、喫煙がもたらす健康障害をさらに積極的に予防するため、厚生労働省は新たに平成18年4月からは、禁煙を希望される方のうち、一定の条件を満たすものを「ニコチン依存症」という疾患としてとらえ、医師による禁煙指導を「治療」と位置づけ、これを医療保険の給付対象といたしました。さらに平成18年6月からはこれらの方に用いる禁煙補助製剤の一つ、ニコチンパッチ(商品名 ニコチネルTTS)を、さらに平成20年4月からは内服薬バレニクリン(商品名 チャンピックス)を保険適用としました。
禁煙外来では使う薬剤を選択します
ニコチンの肉体的な依存性から抜け出すために禁煙外来では上記2種の薬剤が用意されています。 ゆっくりとニコチンの血中濃度を下げていくために、ニコチンをタバコで摂取せずに他の方法で摂取する方法としてニコチンパッチがあります。 ニコチンパッチは皮膚に貼ると皮膚からニコチンが浸透して一定時間、血中ニコチン濃度を保ちます。8週間で大きさの違う3種類のパッチを順次使用していって徐々にニコチン血中濃度を下げ、最後に終了します。 一方、内服薬はニコチン受容体に結合することで、ニコチンそのものが受容体に結合することを邪魔するため、タバコを吸っても美味しく感じにくくさせ、満足感が低下し、喫煙への欲求を弱めます。同時に内服薬はこの受容体に結合することでそれ自体、若干のドパミンを放出するので禁断症状を弱めます。12週間で計5回の受診が必要です。 どちらの薬剤を使用するかは、患者さん個々の身体状態や合併疾患等をお聞きして、本人に合った薬剤を選択することになります。
心理的な依存を断ち切る方法
ニコチンによる肉体的な依存は上記薬物の助けを借りるとして、更にニコチンの心理的な依存を断ち切る方法としては、生活上の「習慣」を積極的に代えていく工夫も必要になります。何よりも大切なのは「タバコを絶対にやめる!」という強い意志です。禁煙外来では上記禁煙補助製剤を適宜処方しつつ、個々の患者さんの状況に合わせた指導・アドバイスを行っていきます。
保険が効く禁煙治療
保険診療で禁煙治療を受けられる方には一定の条件があります。 ニコチン依存症管理料を算定している医療機関(予め医療機関にお尋ね下さい)を受診の上、1)簡単なアンケートでニコチン依存症と診断してもらうこと、2)ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上であること、(注 若年者の禁煙をさらに促進するため、2016年の医療制度改正によりブリンクマン指数>200が適応になるのは年齢が35才以上の方限定となりました)3)直ちに禁煙することを希望し、禁煙治療について説明を受け、治療を受けることを文書により同意することなどが必要になってきます。なお保険適応となる治療期間は12週間で、それを超えた場合は自己負担治療となります。保険診療の場合は、かかる費用は薬代も含め、3割負担の場合、5回の診療で約2万円です。
投稿
矢谷内科循環器科 院長 矢谷暁人
タバコをやめたいと思っているのになかなか止められないのはなぜでしょう? 多くの喫煙者の方が、タバコが健康に良くないことをご存知です。タバコは血管収縮反応を高め、動脈硬化を促進し、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めます。また多くの発ガン物質を含むタバコの煙は肺がん、咽頭がんをはじめ、全身ほぼすべてのがんの発症率を高めます。また吐き出された煙や副流煙にも有害物質は含まれるため、家族や周囲にいる方が受動喫煙により健康被害を受けます。 (2016年8月31日、国立がん研究センターは、受動喫煙による日本人の肺がんリスクは約1.3倍であり、リスク評価を「ほぼ確実」から「確実」に、アップグレードしました。これに伴い、「日本人のためのがん予防法」においても、他人のたばこの煙を「できるだけ避ける」から"できるだけ"を削除し「避ける」へ文言の修正を行い、受動喫煙の防止を努力目標から明確な目標として提示しました。) このように自身にも周囲にも、良いことの全くないことから、多くの喫煙者ができればタバコを止めたいと思っています。でも一度禁煙してみても失敗した経験をお持ちの方も多いことでしょう。ある報告によれば、喫煙者の70%がタバコをやめたいと思っているのに、禁煙出来ない。あるいは禁煙しても、70%前後の方が1年以内にまた吸ってしまうとのことです。では、何故やめられないのでしょう? 単に「意志が弱いから」だけなのでしょうか?
ニコチンの持つ二つの依存性
実は、タバコに含まれるニコチンに、麻薬やアルコールと同様の依存性があるからなのです。タバコを吸うと数秒でニコチン血中濃度が上がりますが、このニコチンが脳内のニコチン受容体を刺激して快感を生じるドパミンという物質を放出します。喫煙が習慣化すると常にこの快感を求め、一定以上のニコチン血中濃度が必要となり、ニコチン血中濃度が低下するとイライラして、ニコチンの血中濃度を上げるため次のタバコを吸うといった悪循環に陥ります(肉体的な依存)。 血中濃度が下がった時に感じるイライラ感、不安感、だるさ、ふるえ、苦痛などのつらい症状を離脱症状といいます。 また、食後の一服、入浴後の一服など喫煙行動が「儀式」のように組み込まれて習慣化されてしまうことで生じる心理的な依存もあります。いずれにせよニコチンによって脳が「乗っ取られた」状態であります。
ニコチン依存症という疾患
これまで禁煙は個人の努力の問題とされてきました。しかし、喫煙がもたらす健康障害をさらに積極的に予防するため、厚生労働省は新たに平成18年4月からは、禁煙を希望される方のうち、一定の条件を満たすものを「ニコチン依存症」という疾患としてとらえ、医師による禁煙指導を「治療」と位置づけ、これを医療保険の給付対象といたしました。さらに平成18年6月からはこれらの方に用いる禁煙補助製剤の一つ、ニコチンパッチ(商品名 ニコチネルTTS)を、さらに平成20年4月からは内服薬バレニクリン(商品名 チャンピックス)を保険適用としました。
禁煙外来では使う薬剤を選択します
ニコチンの肉体的な依存性から抜け出すために禁煙外来では上記2種の薬剤が用意されています。 ゆっくりとニコチンの血中濃度を下げていくために、ニコチンをタバコで摂取せずに他の方法で摂取する方法としてニコチンパッチがあります。 ニコチンパッチは皮膚に貼ると皮膚からニコチンが浸透して一定時間、血中ニコチン濃度を保ちます。8週間で大きさの違う3種類のパッチを順次使用していって徐々にニコチン血中濃度を下げ、最後に終了します。 一方、内服薬はニコチン受容体に結合することで、ニコチンそのものが受容体に結合することを邪魔するため、タバコを吸っても美味しく感じにくくさせ、満足感が低下し、喫煙への欲求を弱めます。同時に内服薬はこの受容体に結合することでそれ自体、若干のドパミンを放出するので禁断症状を弱めます。12週間で計5回の受診が必要です。 どちらの薬剤を使用するかは、患者さん個々の身体状態や合併疾患等をお聞きして、本人に合った薬剤を選択することになります。
心理的な依存を断ち切る方法
ニコチンによる肉体的な依存は上記薬物の助けを借りるとして、更にニコチンの心理的な依存を断ち切る方法としては、生活上の「習慣」を積極的に代えていく工夫も必要になります。何よりも大切なのは「タバコを絶対にやめる!」という強い意志です。禁煙外来では上記禁煙補助製剤を適宜処方しつつ、個々の患者さんの状況に合わせた指導・アドバイスを行っていきます。
保険が効く禁煙治療
保険診療で禁煙治療を受けられる方には一定の条件があります。 ニコチン依存症管理料を算定している医療機関(予め医療機関にお尋ね下さい)を受診の上、1)簡単なアンケートでニコチン依存症と診断してもらうこと、2)ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上であること、(注 若年者の禁煙をさらに促進するため、2016年の医療制度改正によりブリンクマン指数>200が適応になるのは年齢が35才以上の方限定となりました)3)直ちに禁煙することを希望し、禁煙治療について説明を受け、治療を受けることを文書により同意することなどが必要になってきます。なお保険適応となる治療期間は12週間で、それを超えた場合は自己負担治療となります。保険診療の場合は、かかる費用は薬代も含め、3割負担の場合、5回の診療で約2万円です。
投稿
矢谷内科循環器科 院長 矢谷暁人